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是友弘子(コレトモ ヒロコ)さん1980年代後半の生まれ

2009年にはり灸師の国家資格を得て、
その年に東洋はり医学会札幌支部に入会。
現在は札幌市内の治療院にお勤めです。
 

札幌支部では一番お若く、
特技を活かしてのホームページ制作担当を努めておられます。

 

 

 

支部例会の実習後、是友先生にインタビューしました。

 

Q:日頃、疲れてお帰りのあと、夜業でホームページの制作作業は負担になっていませんか?

A:だいじょうぶです。パソコン扱いが少し得意なので、それほど苦痛には感じていません。それに・・・わたしはマイペース人間なので、気の向かないときは、入力を後回しにしていますから(笑い)

Q:高校、鍼灸専門学校からストレートでお若くして現在に至っておられるようですが、鍼灸(しんきゅう)に最初から入れ込んでいたんですか?

A:わたし、実はハリを刺すのも、自分に刺されるのも怖かったんです。母がギックリ腰や肩痛で鍼灸院のお世話になっていたり、わたしが19歳の時、身内のつらい病に接して、自分にできることは何かと思って医療関係を目指しました。

Q:おかあさんをお近くで見ていて影響うけたのでしょうか。

A:母は五年間、身内の闘病の世話でとても頑張っていたのを見ていました。疲れた母を少しでもわたしの治療でラクにできたら・・・と。

Q:おかあさんの治療にも取り組んでいるんですね。“怖かったハリ”はどうなったのですか?

 A:専門学校の時、先生に相談したら「東洋はり医学会という会に行ってみては」と紹介されたんです。「気をめぐらせる・・・」とか言って、学校では余り耳にしないことも聞いて、最初は怪しい団体かなって、少し不安もあったんですけど(笑い)。

でも、札幌支部の無料聴講会に行って、先輩支部員の先生の講義と実習を受けて『難経』が実際の治療に活かされていることも知って、目からウロコ・・でした。

Q:東洋はり医学会は共通の教科書もあるし、古典も活用しているし、”気味悪く”はないですよね。

A:あとで知ったんですが、標治法は各先生方によっていろんな手法を取り入れておられて、実際には幅の広い研究団体だと。 わたしはハリで少しでも”ひびく”と体に負担感が残るんですが、入会してから実習の時、先輩の黒沼一也先生に治療していただいたんです。背中から後頸部、頭全体、目などに上気して不調でした。確か・・・肺虚証の補鍼と大腸経の瀉鍼のみでスッキリしたことがありました。そのとき初めてわたしのような身体にも合うハリがあることを実感しました。

 Q:おかあさんの治療はその後どうなったんですか?

A:母は肝虚証の本治法だけで「スーッとした!」と言っています。今後は集毛鍼の活かしかたも覚えて、胸椎のやさしい刺激をやってあげようと思っています。

Q:是友先生ご自分が鍼灸師に向いていると思うところはどういう面ですか?

A:ウーン・・・わたしは患者さんの苦痛を知ると、何とかやわらげてあげたいと思い、のめりこんでしまいます。夜中に突然起きだして、半分夢の中でハリを打つしぐさをしていたりして、自分で驚いたりします。これって「向いている・・」ってことでしょうか?(笑い)

Q:外科医の著名な医師でも、常に頭の中は手術のシュミレーションだと言う先生がおられるそうですから、いずれ『行列できる鍼灸師』になりそうですね!!

 

A:今は患者さんの声のトーンや雰囲気にも気を配って、心身全体の変調を診られるような鍼灸師になりたいと。 漢方と並行した鍼灸治療なんかも想いうかべています。

 

[是友先生のインタビューを終えての感想]

是友先生ご自身は「わたしは引込み思案」だからと、おっしゃいますが、専門学校在学中から東洋はり医学会札幌支部に聴講に行ったり、開業している先生のところへ勉強に出かけたり、”かなり”積極的な方でした。

ソフトムードですが、これと決めれば一直線の行動派と見うけました。夜中寝ぼけて、ハリの練習するというお話に笑ってしまいましたが、是友先生の職人気質を垣間見ました。

                                                   (聞き手:石川幸康)

 

 

 

 

 

 

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